フラワステラ

すきなことを、すきなだけ考えて、読んで、書く。

お気に入りの17曲

 

 

こんにちは、花須寺です。

 

寒い日はもっぱら葛湯と源氏パイ、コーヒーでぼんやりと星見のお茶会を気取って外に出るのがお気に入り。

そして誰にともなくとんぼを撃ち、誰とも知らないままタスキを削って室内に戻るまでが趣味です。

雪の降らない土地の民はこうも軟弱だからいけない。ふとん万歳。

夏は熱中症、冬は風邪でダウンするのいい加減やめたい。

 

 

さて、某呟き処にてタグへのご反応を頂き、ありがとうございました。

今回はその声にお応えすべく、筆を執った次第。

標記通り、17についてそれぞれ書きたいことを書きたいだけ書きました。

色々言いたいことはありますが、まとめると「聞いてみてくださいな!」の一言に尽きます。

改行などの読みやすい仕掛けも、順番をつけた意味も、ほぼありません。

ただ、題字の色を工夫して考えるのは楽しかったのでごらんください。

なにかピンとくるものがあったら握手。

 

では、お時間のあるときにでもどうぞ。 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーキリトリセンーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

1. サイレント・ヴォイスひろえ純(1986, 「機動戦士ΖΖガンダム」後期OP)

 

ΖΖのハマーン=カーンを象徴するような歌詞と、切実さを窺わせるサビの激しさに心を打たれる。もうΖΖまで来てしまった、というハマーンの疲れ・絶望、そしてその中でも見えてしまう、かすかな「光」(何の光!?)が表されているようで、聞くたびに考えが沈む。

 

Zでカミーユは、ハマーンと繋がりかけ(そして拒絶され)てから最後会わなくなるまでの間でハマーンのことをある程度だけでも分かってしまったからこそ、「暗黒の世界に戻れ!ハマーン・カーン!!」と言えたのではないかと思った。おそらくは、我々の想像する「共感」や「理解」などといった穏やかなものではなく、一方的に相手の感情や意識そのものが自分の中に流れ込んでくる、暴力的な繋がりでしかないのかもしれない。ハマーンが孤独を感じた理由は、ぽっかり心に詰まった喪失感を突然現れた少年に理解され、自分に土足で踏み込んでくるのがたまらなく不快だったうえに、仮にも自分を「理解」するという他者を払いのけることでより自らを孤独だと意識してしまうからかも。もしそうなら「俗物が、あたしに!」(入ってくるな)とでも続くのだろうか。

 

上述したカミーユのセリフはΖΖの「帰ってきてよかった、強い子に会えて」にも繋がるような気がする。

 

生きてちゃいけない戦いの種なんだとハマーンの存在を全面否定しながらも、カミーユは「人は、解り合えるんだ」と共感できる可能性を告げてもいる。ハマーンの強烈な意志に負けてトドメをさせなかったと語るカミーユには、本当にハマーンへの憎しみのみがあったのだろうか?

 

 

 

2. くるりくるりナナムジカ (2006)

 

この輪廻転生をテーマにした歌は、どこかアバチュ*1最遊記外伝を想起させる。

ルーパ然り、悟空や哪吒然り。

 

ただ、最近はもっぱら最遊記外伝の悟空についてとりとめのない考えを巡らせている。

悟空が、柔らかで儚く、そして優しい世界の中で笑い、

そしてその残酷な終わりと新たな生に泣き叫ぶシーンが延々と頭を巡っているので、

この曲を聴いたり歌ったりする時はつい眉を寄せてしまう。

 

特に「惜しみなく抱きしめて/心が眠れる場所を与え続けよう」という歌詞で、金蝉たちが彼を扉の先までなんとか導く一連のシーンにおける心情を表しているような気がして、切ない。

ブラストでも4巻で外伝の要素がはっきり出てきているのでこの先、彼らの物語がどこまで行くのかを楽しみにしつつ、峰倉先生のご健康を心からお祈りしている。

八戒の喫煙シーンで、天蓬を思い出して胸が詰まった。

 

 

 

3. BLAZE OUT!/サイキックラバー(2009, ニンテンドーDS用ソフト「ブレイザードライブ」OP)

 

SEGAプレゼンツ、ゲーム版と漫画版で主人公が異なるという作品。

ゲームはシロウ、漫画(月刊少年ライバル連載/「NARUTO」作者の弟による)はダイチを中心に展開するという構造。だからこの曲はゲーム版の内容のみをフォローしているのかと思いきや、しっかり漫画版の深いところまで歌詞に組み込んでいるため、どちらかしか知らない人間にも十分楽しめる。むしろ曲がかっこいいので、何も知らずに聞くのもあり。どちらかが原作ということはないのでゲーム版・漫画版いずれかだけでもどうぞ。

 

先日、漫画読了後に再びこの曲を聞いたところ、これまでは分からなかった漫画版を思わせる歌詞にダイチを思い出して震えた。ダイチの根っこはギンガさんに。ギンガさんのルーツは、彼に。彼のルーツは、きっと姉さんたちではなく、彼自身とその友達にある。だからこそ、こちらも向こうもなく「終わらないストーリー」がBLAZE OUTするんだろうなあって。

 

 

 

4. my home霜月はるか(2006, 「ひぐらしのなく頃にイメージアルバム【かけらむすび】より)

 

北条沙都子を表した歌。

ずっと悟史を待ちながらも部活メンバーとの日々を心から楽しみ、圭一に悟史を重ねかけるその情景に、無印第3話で野菜炒めを作る沙都子や、部活メンバーたちが最善手を信じ続けながら沙都子も村の側も歩み寄る「解」第3話を思わずにはいられない。

「今日より明日が輝くように/全力で笑い合える幸せを/あの人にあげたい/いつか戻ってきてね」という歌詞に、沙都子の優しさが滲んでいて素敵。その幸せは決して無理に享受しているのではなく、心から日々を楽しんでいる。だからこそ、この沙都子は詩音と同じく、もう悟史の帰還を疑わないのだということが伝わってくるようで、聞くたびにうきうきする。きっと監督が笑顔でふたりのところに彼を連れてやってくる「その日」も近い。そう思わせてくれるような歌詞と弾む曲調に、笑顔の沙都子と隣でそれを見つけて沙都子とおんなじくらいうれしくなる詩音が目に浮かんだ。

ファイト、「ねーねー」。

 

 

 

5. confessiondai(2007, 「ひぐらしのなく頃に」)

 

サビに来る「you」の旋律でこれが流れる原作の場面を思い出し、一気に胸が苦しくなる曲。綿流し→目明しときてようやく、それがこの対面。詩音が諦める機会はたくさん散りばめられていた、それでもなんとか信じ続けてきたからこその、対面。

詩音が最強とされるのは「狂った」と称される時の残虐性に起因するのではなく、最後は絶対に彼を諦めなかったことによるのではないだろうか。沙都子も同様。

そんな詩音と監督と沙都子のSSは自作の中でもかなりのお気に入り。

 

 

 

6. Rebirthdai(2009, 「うみねこのなく頃に」)

 

今回の話が持ち上がった時点で「ひぐらし」と「うみねこ」からそれぞれ1曲ずつ持って来るつもりでいたものの、非常に迷った。

理由①→ひぐらし星海社文庫で、うみねこはコミックスで読了しており、どちらも原作で音楽と一緒に物語を追っていない。そのため、どの場面で流されたかうろ覚えの状態でこのリストに並べていいか悩んだ。

理由②→どちらにも好きな曲が多く絞りきれなかった。

紆余曲折の末、好きなキャラに関する曲を挙げることとした。そこで詩音と縁寿が浮かび、5・6の曲を選ぶに至る。

真実の魔女として、縁寿同様、赤字ラッシュにて自らの散り際を飾るヱリカのシーンは圧巻。ここで彼女らは「散」るのに、曲名は「Rebirth」というセンスにも感服した。これは決して矛盾しているわけではなく、後にその意味をしっかりフォローしているのである。

(「うみねこ」後半の副題にもこの「散」の字が使われているのは、星海社から出てる作者のインタビュー集によると、固定化された「結末・ゴール・正解」というものの不在を示唆しているらしいが、作者の言葉すら答えは確定していない。) 

 
 
 
7. スケーターズワルツ(2008, 「とんがりボウシと魔法の365にち」より)
 
同名のクラシック曲を、雪の降るフィールドBGMとしてアレンジしたもの。
このゲームはほぼすべてのBGMにクラシック曲のアレンジを使用しており、朝昼晩・場所ごとに異なる曲が流れる。
本作はゲームシステムの類似性から某動物の森と比較されることが多いが(このゲームから「魔法」の要素を取ったらほぼそれとよく言われる)、差別化はできているように思う。自分で楽器演奏や口笛で他のキャラクターとセッションしたり、バーで知らない曲を覚えたりと、PVなどで全く言及されていない音楽面でかなり力が入ってる作品はこれしかない。プレイ当時は本作wikiをずっと見ながら、小ネタやこれらBGMの原点にあたるのが楽しかった。
 
町に雪が降っている日(降雪期間はある程度決まっており、その期間中ランダムで天候が定まる)にしか聞けないので、この曲を聞くために日付を調節して雪が降る日を把握する作業を小学生の頃からずっとやっている。基本的に日付をいじることは某スローライフの森よりもデメリットが少々多め。罰掃除やお説教はザラ。町の雑草が増えていたり知らない住人しかいなくなっているのも日常茶飯事。決闘の果たし状がたまっていたりもする。元の容量がぎりぎりのためか、これらの「社会復帰」中でも頻繁にフリーズするのが玉に瑕。なんだこのゲーム。
 
それら全てを考慮してもなお、聞くとワクワクする楽しい曲なのでたまにDSライトを引っ張り出して起動している。
原曲にはない、カスタネットと鉄琴のイントロ部分が特に好き。
 
 
 
8. 明日ハレの日、ケの昨日/ZUN(2007, 「東方風神録」)
 
Extra道中曲。
神主曰く「本作で最もお気に入り」とあるからなのか、祭が始まるぞ!という勢いとワクワクを強く感じる。ルナやってピチュっても負けずに挑み続けられるのはこの曲のおかげ。
 
明日は祭、昨日までは何の変哲も来客もない日々。じゃあ、今日はどんな日?
そんな期待に満ちた瑞々しい一曲を肴に、ひとまず一杯。
 
 
 
9. 幻想のホワイトトラベラー/同上(2017, 「東方天空璋」)
 
4面道中曲。
冬は寒い。雪で湿った空気に満ちている。吐く息は白く、吸い込んだ外気は鼻の奥まできんきんに冷やしていく。それなのに、この曲は吹雪の中を弾幕ハイでぐんぐん進んでいくにふさわしい華やかさ。これぞ弾幕シューティング!たまらん!
 
win版3部作と呼ばれる紅・妖・永の曲を聞いているときはそれぞれの世界観に取り込まれたかのように夢中だったが、それ以降はそこまで熱心に追えなくなってしまった。そんな中、比較的最近の作品でそういう感覚を味わうことができて非常に嬉しかったことを覚えている。
 
…4面道中という時点でお察しの方も多いだろうが、曲に聞き惚れていると事故るため用心が必要。季節解放をうまく使えば某6ボスまではなんとかなるけども。
 
 
 
10. 涙目爆発音/ワルキューレ(2016, 「マクロスΔ」)
 
いつだって、前向く力をくれる曲。
ライブでコールできるのを今から楽しみにしている。未だに6月当たったの信じられないけど、とりあえず来年になったらまた復習強化週間を設けて頑張る。
カナメさんの時に苛烈でかっこいい声もマキマキの朗らかな声もレイレイの切ない声も前面に出てるところから、命懸けで声を届けている印象を受けた。ワルキューレのありかたは創設当初からずっとメンバーたちが模索してきた結果であり、彼女たちやそれを守る部隊の皆が生き残ってきた成果でもあるわけで、本編1話よりも前の時点で既に「命懸けで楽しんじゃえ!」の精神があらわれていたのだと思うと、本編で流れるシーンを思い返して何度も口ずさんでしまう。題字がオレンジなのは、そういうことです。
 
泣け!
( ;∀;)つ=◇
 
 
 
11. Butterfly Kiss/目黒将司(2016, 「P5」
 
武見先生は小柄な身でヒールを履いているところがすごくかわいい。
基本的に主人公を見上げる構図がなんともかわいらしい。
 
素人の身で言っていいのか分からないが、音色やメロディーラインに「P5」楽曲の中で統一された「青臭さのような雰囲気」があらわれていて、自分をよりこの世界へ没入させてくれた一曲。いわゆる、青春している光景とやらを横目で見ている感覚がじわじわとやってくる感じ。あんなふうに過ごすことは今さらできない、でもなあ…という、哀愁と呼ぶにはあまりに青く子供っぽいその感情を、自分でも呆れながら認識しているイメージで、聞いている。
眩しいわね、とでも呟くエスカルゴママの如く。
目黒さんのサントラコメによると、今回のテーマはアシッドジャズエレピらしいので多分そのあたりの話になってくるのだろう
 
システムとしては、コミュ兼SHOPという訪問機会の多い場所のBGMなので聞く頻度は高めかつ、1コーラス以上聞くこともしばしば。そして、いつも通りに診療所で消耗品を買いふけっていたある日、ふと、本作EDのサビメロがこの曲にも入っていることに気付く。その瞬間、目黒さんが「本作で一番のお気に入りかもしれない」と仰っていたのを思い出し、一気にこの曲が印象深くなった。
 
武見先生も「砂のよう」に「すくい」手からこぼれてしまったうちの一粒であるということがこの部分でわかったような気がする。ただ、誰かのことをわかった気になるのは危険なことで、余計な偏見を生みかねない。何より改めがたいそうしたものに苦しんだりそこから立ち上がろうとしたりする姿は「健気でかわいそう」だが、画面の向こうで起きていることだからなのか、意識してわたしが自分に近づけないようにしているのか、どうにもやりきれないのがもどかしい、そんな気持ちにさせられる。
作品への没入感は高めで、曲も素晴らしい、ストーリーも好み、それでもと、心の中でバナージが言い続けている。その理由を追求するのが、なんとなく怖い。うらやましいのかもしれないし、そう思うことを否定し続けているからなのかもしれない。もう少し時間を置いて、ゆっくり考えることにする。
 
 
 
12. 槻賀多の召喚師/同上(2008, 「デビルサマナー葛葉ライドウ対アバドン王」)
 
葛葉ゲイリンのテーマ。
おそらく、槻賀多(本作の舞台/山陰の村がモチーフ)で出会ったサマナーというニュアンスで名付けられたのだろう。ズビシッ!と指さすゲイリンのグラが目に浮かぶ、ペットの飛び上がるような音色に、目黒さんの金管楽器づかいというか使いどころの妙が詰まっている。
 
同作のBGM「すべての悲しみ」にこの曲のメロが一部こめられていると気付いた時、この「すべて」には本編中に厄年を迎える十七代目ゲイリンのことも含まれているのだという印象を受け、愕然とした。茜さん戦が3分岐中2分岐で発生するシステムも考慮するとこの曲を聴く機会は多いため、「すべての悲しみ」を聞くとゲイリンが、標記の曲を聞いていると茜さんが浮かぶ、なんとも不思議な構造の思い入れがある。
 
不運を「受け入れる」プロセスに従って行動し、歴々のゲイリンに手土産ひとつ持参できそうにないと自称する彼に、その焦りゆえの決意が宿るシーンが熱い。これまでそうした情熱や心のエネルギーとは対極に位置していたように見えたゲイリンが、いよいよという時になって動き、戦う姿を晒す。まさに、圧巻のセオリー。トウテツをめぐる一連のイベントは感情の発露が止まらなかった。
十八代目がその意志を受け継ぎ、マレビト事件の後も活躍するプロセスにて、ゲイリンの名を知らしめるを希望する。
ゲイリン語をマスターしたい。「事態はなかなかにスパイシーなようだ」と「口をチャックしてくれる希望だ」でもんどりうった。
凪ちゃんも頑張ってゲイリン語をマスターしようと努力している姿がばりかわいい。
 
 
13. フローターランドギャラクシー/横田真人(2007, 「スーパーマリオギャラクシー」)
 
天衝く水上要塞のステージ名にふさわしい荘厳な金管の音色と、水中に潜った途端びりびり冷たく響いてくるパイプオルガンに聞き惚れる。
マリギャラ2でもこの楽曲がエリア5最初のギャラクシーで登場していたため、1でも人気が高かった楽曲のひとつだったのだとわかり、クリア済みにもかかわらず曲を聞きたいがために何度もその面をプレイした覚えがある。時間制限もないのでちょくちょく足を止めていたが、そうしていると曲を味わいながらステージの背景や敵の配置、画面のつくりなどにも目が行って、また新たな発見をするときもあった。
 
何度でも、いつでも、ひとりでも楽しめるこのゲームを、いつまでも大事にしたいと思わせてくれるきっかけの一曲。
 
 
 
14. 島左近のテーマ/青木征洋(2014, 「戦国BASARA4」)
 
題名通り、「4」にてプレイアブル化したキャラクターのテーマ。
 
基本的にはそのキャラと対峙した際に流れるが、「バサラ」はステージで流す楽曲を自由に選択可能なため、余程ステージ特有の曲を聞きたい理由でもない限り、自分はこの曲で本作をプレイしていた。特に加賀の祭(慶次)ステージでコンボ数やお金稼ぎ作業をやる際にこれを流すと、一気にワクワクする。
左近と言えば、フリーモードのステージセレクト画面で流れる曲「賽は投げられた」もあるが、これはこれで待機画面の曲としてキャラクターの性格がはっきり表れていてすき。「さあ~て、今日はどの鉄火場に行こうかね」とでも言いそうな感じ。
 
キャラクターについての詳述は控えるけれども、多分「4」の豊臣には左近がいないと属性的に、光-闇-闇-闇(秀吉-半兵衛-三成-大谷さん)で生き急ぐ人間が多く殺伐としていそう。官兵衛と又兵衛をカウントするならさらにその度合いは強まる。バサラは家康を「脱退者」として描いているように見受けられるので(=三成主観なのか?)、家康を除いた豊臣軍のプレイアブルキャラに闇属性が多いのはそのせいかもしれないし、その中でもお祭り騒ぎではっちゃけているような曲調でふらふらしているのは左近だけなのも、キャラが立ってて面白い点。
 
他にも「東陽」や某サヤカのテーマ、最上のテーマあたりも挙げたかったが今回は泣く泣くカット。いつかバサラの話をするときにでもとっておくことにする。
 
「無双」シリーズも「バサラ」もギャラリーで曲やボイスが聞けるため、戦っている時間よりもギャラリーモードに浸っている時間のほうが長い可能性があるが、そういう楽しみ方もありだと思うんだよな。戦闘中に放置して放置台詞を聞くのも楽しいし、作りこまれている分だけ、もしくはそれ以上に幅広く遊べるのは本当にうれしいこと。
 
 
 
15. 扉をあけて/ANZA(2001, 「カードキャプターさくら」OP2)
 
某「Catch You Catch Me」よりも個人的にはこっちのほうが好き。
切なさや不安、その中にもいっぱい満ちている希望が表出している「プラチナ」とは別ベクトルでさくらちゃんらしい曲であり、またそれら2曲のOPよりも、この曲はさくらちゃん以外のキャラクターをフォローしたような歌詞が多いように感じた。
選ばれたさくらちゃんだから「扉」が開くのではなく、大切なひとのことをほんとうのいちばんにおもっているからこそ輝くちからの強さを教えてくれている。だから、この作品には不要なキャラクターもエピソードもモチーフも存在せず、漫画もアニメもそのすべてが作品の一部としていきているように思えるのかもしれない。
 
いっぱい夢見て、それが叶うようにがんばって、そうすれば扉が開く。けれどそれは自然に起こることではなく、あくまで自分で「扉をあけ」ることによって訪れるないしは引き寄せることができるもの。そういう明るくポジティブな歌詞の中に何度も繰り返される「だいじょうぶ」の言葉は、繰り返す分だけ大きな不安の裏返しでもあり、しかし「絶対にだいじょうぶ」と言い切り、それをほんとうのことにしてしまうさくらちゃんの強さがあらわれた、すごく大切なパートだと思う。
そして、それはさくらちゃんだけでなく、みんなが持っている強さでもあるはず。
選ばれたものを横目に、泣きたくなる時だってある。それこそ、知世ちゃんの膝で泣く苺鈴ちゃんのようになるときはきっとたくさんあるけれど、自分のまわりにある世界が優しいからこそ苦しくても、それはころさなくていい思いであって、そんな自分を嫌いにならなくても「だいじょうぶ」。奇跡だって起こせる。
この曲を聞くと、そうやって自分にもできることは残っているのだと思わせてくれるようで、元気が出る。ただ慰めたり根拠のない自信を煽るのではなく、つらいことや悲しいことがあるからこそ、うれしいこと・しあわせなことを感じられるからなのかもしれない。
 
 
 
16. 風のメッセージ/水橋舞(2008, 「ポケットモンスター ダイヤモンド&パール」ED2)
 
もっともっと「強く」なろうと思える曲。
アニポケDPは、ポケモンを集めて育ててながら旅をして自分も成長しよう!という目的も勿論描かれてはいたが、他作品に比べて「強くなる」とは何かを強く問いかけ、またそれを意識させることが多かったように思われる。
シンジの存在、サトシの公式戦における最終成績、ヒカリの勝負に懸ける思いや「だいじょうぶ!」と口にしながら何度も立ち止まり迷う姿、コンテストの挑戦者それぞれが考えていること、ポケモンハンターの存在、前々から口にしていながらも今作で方向性を定めたタケシの夢など、数え上げればきりがないほどにその要素は作品の随所に散りばめられている。だからこそ、シロナVSオーバ戦をTVで見ながら(ガブvsゴウカザル対面、サトシもゴウカザル所有・自分もシロナに挑む側の立場だったためか)オーバに自己投影し、戦っているシーンが熱かった。
 
強いから強くなるわけではない。そして弱い(何もしていないうちから伸びしろがあると勝手に自分を過信した)から強くなれるわけでもない。
何かをする、とは?何をすればいいのか?どうすれば何もしていない状態から抜け出せるのだろう?それを、答えまで丁寧に教えるのではなく(そもそも解答というものが存在するのかは極めて疑わしい)、問いかける作品だった。この作品に最もマッチしている曲、それがこのEDではないかと思う。
ハガレンFA」ED4の「瞬間センチメンタル」よろしく、ED=終わりではなく、ここからまだまだ道は続いていくという可能性を強く意識させるエンディングが好きだから、こうした明るく、力強い曲がEDに来るとすぐ気に入ってしまう。
 
個人的な見解になるが、サトシたちは以前よりも高い頻度で失敗をしているように映った。子どもらしいと言えば聞こえはいいが、人に迷惑をかけたり文句を言ったり大口を叩いたわりに有言不実行であったりするときもある。言ってみれば、現実世界からアニメのほうへと意識を向けたら、見ていて気分の悪い事態が画面の向こうでも繰り広げられている。それを見て新たに学ぶこともあるかもしれないが、目も当てられないと顔を逸らしたくなることもある。
それは、キャラクターを情けないと批判しているうちに、己の情けなさまで見えてしまうからなのかもしれない。自分のことを棚に上げていることに気付く瞬間と出会ってしまったからかもしれない。口で言うのは簡単であるにしろ、しかしそういう一瞬が「強くなる」ために必要な要素であることは間違っていないはず。そして、強くなるために今している努力が無駄でないことを証明するのは、見通せないうえに存在するかどうかも不確かな未来ではなく、結局は後ろから今まで続いてきた経験しかない。
 
その経験の中には、これまで出会った人との思い出も入っているんじゃないのか?
様々な地方を巡ってきたサトシたちに(タケシやヒカリだけでなく、他トレーナーやコーディネーターなど作品に登場したすべての人間を含む意味でこの表記を用いる)、「元気ですか?仲間はどう?」と歌うこの曲には、そんな思いが込められているような気がしてならない。
 
トレーナーから研究職に移った某幼馴染がDPに登場した時、金銀16バッジ目のリーダーを見ているような気持ちになった。彼はAG終盤でフロンティア制覇帰りのサトシをばっちり負かしたが、プラターヌ博士とは異なり、トレーナーをすっぱりやめたようには見えない。チャンピオンを守り切れなかったリーダーも、幼馴染も、今では吹っ切れたようにしているが、本気で戦ったからこそ悔しくなかったはずがない。気持ちの風化もおそらくしていない。その感情が今どうなっているのか、他のキャラクターたちが強さを追求している姿が目立つからこそ、表にそうしたものをみせていないような彼が、少し気になった。あのモンスターボールのかけらは、今も首に着けているんだろうか。研究職だとネックレス邪魔になりそうだから、どこかにおいてあるのかもしれない。
 
 
 
17. イニシエノウタ/運命 /岡部啓一(2010, 「NieR Gestalt & NieR RepliCant」OP)
 
まず、ニーアシリーズの楽曲はJOYのカラオケ映像が用意されているものがいくつかある。歌詞は造語であるため字幕なし+ひたすら特設のPVが流れるという仕様になっているが、本作をプレイしていない方もぜひ一度これを見てほしい。
 
その映像で特におすすめなのがこれ。
PV内容はニーアシリーズ新作「NieR Automata」仕様になっているが、「オートマタ」は前作(上記)の要素がふんだんに盛り込まれているので、いずれかしか知らなくても問題はないがどちらもプレイしているユーザーにとっては非常に感慨深いものになるだろう。もちろん、ニーア未プレイでも何か感じるものがあるのではないかと見込んでいる。某シノアリスのユーザーでニーア未プレイの方がいれば、「あのストーリーを書いてる人とあの音楽を担当している人が、ニーアでもやってる」とでもいえば伝わるだろうか。わたしは、ヨコオさんほどまっすぐで切実な「愛」を描く人を知らない。
ニーアシリーズはなにしろ曲が素晴らしいので、これ以外にも「カイネ/逃避」や「光ノ風吹ク丘」などの楽曲もここでおすすめしておく。
 
以下反転(この映像の感想/バレ有, 未見の方に話す内容ではないが備忘録として残す)
先日、カラオケで当該PVを見た。初出は「ニーアレプリカント」なのでてっきりレプリカントの映像がメインなのかと思っていたところ、いきなり「オートマタ」から始まったので唖然とした。あまりに予想外の強さで揺さぶられた人間は、しばし感情の発露もままならないのだということを改めて実感する。目が離せないまま、気付けば曲が終わっていた。なんだこれ。デボポポのノベルが中盤に現れた瞬間は口を押えた。声すら出ない。ふたりいたから、ここまで稼働できてしまった。それを「生きる」と表現するには、あまりにも永い時間だった。なぜなら、もし人間であったなら容易く狂ってしまえるから。さっさと命令を放棄してしまえるから。しかし、そんな術を彼女たちは持たない。さらに「オートマタ」の彼女たちにはもうメンテすらも望めない。キャラクターのことはゲームや資料集を通じて知っていたはずなのに、映像の中に現れた文字が持つあまりの力、そして「NieR」の物語が持っている力に殴られてしばらく動けなかった。できたことと言えば膝を叩くことくらい。なんだこれ。
ここまで閲覧していただき、
本当に、本当にありがとうございました。
 
なにかあればコメントの方へお願いします。
 

*1:(ペルソナシリーズのATLAS作「デジタルデビルサーガ アバタールチューナー/同2」の略称)