フラワステラ

すきなことを、すきなだけ考えて、読んで、書く。

「心のない世界」考察 ※2018秋会誌に寄稿

 

こんにちは、ポケモン初心者の花須寺です。

先日QRパでレートに潜ったところ、ピキーンだの文字外しだのはまだ納得できるのに検定不正解は納得いきませんでした。非常に勉強になりました。もっと回数をこなして深慮を欠かない立ち回りができるよう色々試してみたいです。

 

今回はサークルの会誌に寄稿させていただいたものを転載します。

上記のように構築記事が書けない身で会誌を書いてみたいと思い上がった結果、ストーリーやキャラクターの考察をすることにしました。(※当会誌を手に取ってくださった方にとっては既出内容です)

 

テーマは、アカギの目指した世界は本当に「心のない世界」なのか。

 

 

テーマ選択の経緯など

 自分にとって思い入れの深い作品の一つである第四世代(DPt)で記事を書くきっかけとなったのは、USUMのRR団イベントでした。DPtプレイ当初は、アカギが何を目指しているのか・どういう人物であるのかというところに目を向けることなくストーリーを終えていました。共感も不満もなかったのは不思議ですが、当時の自分が何を考えたのか残っていない以上、どうしようもありません。

 それから時間が経ち、USUMにてアカギが登場。他のボスたちと同様、自らの理想を叶えた瞬間にフェスサへと転送されてきた風体で彼は自分のいた世界を「心のない世界」にしてきたと言います。その話を聞いた時、改めて「心のない世界」が酷く曖昧な概念であることに気付かされました。なにしろ、どうすればその世界が完成したのか「確かめる」ことが難しいからです。仮にそうした世界が出来上がったとして、アカギはそれをどうやって確認するのか。

己から湧き上がる憎しみや怒りに対応しきれない部分のあったアカギに内省的な態度は見受けられず、自分の現状から目をそらしているようにもとれました(「いま わたしが かんじている いかり にくしみ いきどおり…… この みにくい かんじょうは ふかんぜんな こころの せいだ!」やぶれたせかいでの台詞より)。

したがって、彼は「心のない世界」を自分の状態によってではなく、周囲の人間やポケモンを見て確かめる可能性が出てきます。もう少し言えば、そうした手段によってしか確認できない程度のものなのかもしれません。

 

以上のような考えから生まれた考察になります。

なお、考察という堅苦しい名前に見合った体裁を保つため、文体が「だ・である」になっていますが、そんなものは書いているときの気分で決めるので 気にせずお進みください。

 

 

《心のない世界》考察

 


はじめに


本記では「ポケットモンスターダイヤモンド/パール(以下DP)」「同プラチナ(以下Pt)」「同ウルトラサン/ムーン(USUM)」での情報をもとに、「アカギ は本当に心のない世界を目指していたのか」という視点から、彼がRR団イベントで発した台詞を中心に言葉ごとの解釈を行い、考察を行う。上記作品をプレイ済みの方はもちろん、そうでない方にも、ポケモンの世界に生きる人物の考察は奥深く、制作側が多くの人を楽しませるためにどれほど作品を作りこんでいるのか、その巧みさが伝われば幸いである。

 

 

1. USUMアカギはどこから来たのか


「わたしは 心が 存在しない 安全な 空間を つくりだした
だが 大きな 影に 飲まれ 異世界に 飛ばされたようだ…」 (USUM RR団の城)


まずこの台詞からRR団アカギがどこ(どの作品)から来た存在なのかを明らかにする。この「大きな影」というのはギラティナであると推測され、彼がPt世界でギラティナに連れ去られた後、やぶれたせかいにではなくUSUM世界へと飛ばされたことを示唆している。Ptのアカギは、やりのはしらに現れた影を「かげのポケモン」としか呼称していない(=ギラティナを知らない)・影に飲まれる前の段階で「心が存在しない安全な空間」をつくりだすことに成功しているという以上2点から、RR団に登場したのはPt主人公たちに計画を阻害されなかったアカギであると推察される。

 


○コラム:アカギという子供


「そういえば むかし アカギという こどもが いたような
だれとも つきあわず きかいと たわむれてばかり……
とても べんきょうが できたから どんなふうに そだったのかねえ?」(DP、Ptナギサシティ 民家)
とあるおばあさんから聞くことのできる言葉にこのようなものがある。さらにPt限定で228ばんどうろの民家にいる老人からも「親の期待に応えられず機械いじりばかりしていた子供」の存在を窺い知ることができるため、この子供=ギンガ団のアカギとする説が有力である。この説を支持することで、ギンガ団が表向きは新エネルギー開発に尽力する機関という科学技術的側面を持っている理由もアカギによるところが大きいと判明する。

 


2. アカギは本当に世界から心をなくしたいのか


 結論から言えば、アカギが目指したのは心のない世界ではないというのを本記の見解とする。というのも、DP・Pt・USUMで彼は自らの主張を一度も曲げていないものの、RR団で初めてロトム図鑑と対峙した際に見せた反応はおよそ「すべての かんじょうを ころした」人物とは思えないためである。ロトム図鑑がアカギの前に飛び出すと「なるほど こちらでは 図鑑にも…… 興味深いとこぼし、ロトム図鑑は(自分から)トレーナーを助けるという図鑑自身の発言を聞いたアカギは、長い沈黙ののち「…そうか おまえも 心を持つのか だが もう 遅すぎた…… わたしは もう 止まれないのだ」(USUM RR団の城)と吐く。このやりとりからは、ロトムへの純粋な「興味」と、USUM世界でも心を消し去ろうとしていたところにロトムの心を認識しても、すぐに不快そうな反応ではなく「だが」遅すぎたと何かを惜しむ様子を見せたアカギの「心」が浮かび上がってくるのである。ほかならぬアカギ自身が心を捨て去れていない証であり、「いま わたしが かんじている いかり にくしみ いきどおり…… この みにくい かんじょうは ふかんぜんな こころの せいだ!」(やぶれたせかい)という台詞と合わせて彼の不完全性と「心」に対する感情が窺える。加えて、以下の台詞からも心をなくすことに対して平淡ではいられないアカギが垣間見えるのである。
「なにしろ いまから すべての こころが きえるのだから
キミから! キミの ポケモンから! キミの だいじな ひとたちから……!」(Ptやりのはしら)
ここであえてPt主人公の大切なひとたちに言及する理由とは何だろうか。これはPt主人公の不安を煽るだけの言動(=トバリのアジトでギンガ団員を演説で熱狂させておきながら即座にその内容を「あれは ウソだ」と言ってのけるのと同じように中身のない台詞)ではない。USUM主人公にアカギが感じた「何かを守りたいという強い心」をPt主人公にも感じ、なおかつそれを揶揄って(守りたい=下らない感情として)いたのかもしれないが、Pt中に明記はない上に突然出てきた言葉にしては感情がこもりすぎている。
本記は、アカギ自身が心の繋がりを取るに足らないものだと思っていなかった節があるという説を主張する。もしそうでなければ、何かを守りたいという強い心を感じたUSUM主人公との勝負後に「……なぜ キミは ポケモンと 心を 通わせることが できる? どうして 心の 繋がりを 強さへと 変えることが できる?」(USUM RR団の城)と疑問をぶつける必要などない。なぜ自分の考えを理解しようとしないのかという疑問ではなく、わざわざ「心を通わせ、それを強さとすることのできる理由」を聞いた意味とは何か。それこそが「はじめに」で挙げた問いへの答えに繋がるピースであり、アカギという人間を知る上で重要なファクターになるのである。つまり、「なぜできるのか」という疑問をぶつける=聞き手にはそれができないという式の成立と、アカギほど冷静な人物が聞かずにはいられなかったほどに強い疑問であるということを示唆しているのがこの台詞にあたる。そしてその強い疑問は、アカギ自身がUSUM主人公を通して「心の繋がり」が持つ強さや可能性を見たからにほかならず、自身の主張(なぜ理解しないかという疑問提示など)よりも先に出てきた言葉というのがその証である。だからこそ、USUM主人公との別れ際、自らの作った心のない世界へ変える前にアカギは「キミたちと もっと はやく 出会えていれば…… なにか 変わっただろうか」 (USUM RR団の城)と言った(あるいは言ってしまった)のではないだろうか。人間だけでなくロトム図鑑も含めて「キミたち」と称したところからも、USUM主人公とロトム図鑑の「心」やそれによって育まれている繋がりをアカギは否定せず認識していることが示されており、アカギが真に目指したのは心のない世界ではない証が彼の足跡に散りばめられている。

 

 

おわりに


予め、本記が想像の域を出ないことを注記しておく。考察の甘さに対する言い訳というよりは、本記のような説が発表できてしまうように、ここで述べたものと全く異なる説を展開する余裕をもDP・Pt・USUMの世界は許してくれているということを強調したいのである。「はじめに」でも述べたようにポケットモンスターの世界観や人物の考察は奥深く、どこまで行っても終わりがない代償として無限の自由がある。物語の世界を創造するにあたり、この自由を残す(すべて明記してしまわない)ということは非常に難しいことであり、それを成した作品こそが多くの人に遊ばれるのだということに、本記の執筆を通じ、改めて気づかされた。この機会をくれた「ポケモン」に心よりの感謝を告げ、筆をおくことにする。

 

 

参考資料
・「USUM公式サイト」(最終閲覧日:2019年1月21日)
https://www.pokemon.co.jp/ex/usum/legacy/171102_01.html
株式会社ポケモンポケットモンスターダイヤモンド・パール」(2006)
・同上「ポケットモンスタープラチナ」(2008)

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

以上、転載。

 

あとがき。

次の会誌にも寄稿させてもらえるなら、今度は世界観の考察(街並みや景色、そしてそこに散りばめられた情報から意味を無理やり見出す類のもの)でもやってみようかなどと、懲りずにそんなことを考えている今日この頃。とりあえず好きなように、でもわかりやすくする努力は忘れずにやってみたいです。

個人的には、第五世代BWのヒウンシティ(=大都市/モデルがNYなので規模もそのくらい?)の裏側に砂漠が広がっている理由が気になっています。古代遺跡の保存に動きそうなシッポウシティはスカイアローブリッジの向こう側に位置しており、おもいでリンクでヤーコンがホネを持ち寄るように、何かしらの遠征隊にそうした業務を任せている場合も考えられなくはありませんが、簡単なことではないでしょう。遺跡の保存や未開発であるなどの理由はすぐに思い浮かぶものの、どうも考えをその先へ進めるまでには至りません。ここは意見交換や情報収集も視野に入れつつ、じっくりやっていく予定です。頑張ります!

 

 

ここまでお読みくださり、本当に、本当にありがとうございました。