フラワステラ

すきなことを、すきなだけ考えて、読んで、書く。

『FE風花雪月』雑記  ~青獅子①

 

 こんにちは、花須寺です。

 書き始めてからだいぶ時間が経過してしまいましたが、ひとまず感想をまとめました。これから帝国・教団・黄鹿の雑記も別途投稿していく予定です。

 

 

 遂に始めました、風花雪月

 旅の始まりは、もう思い出せません。気付いたら、ここにいました。ノーザンクロス

 かねてより気になっていたのに、なぜ購入を見送っていたのかわかりません。

 昨年に友人の勧めで『FE覚醒』をプレイし、そのとき手繰り寄せた「縁(よすが)」が、きっとわたしをこの作品へ導いてくれたのだと思います。まずは、『風花雪月』プレイのきっかけをくれたすべてに感謝を。

 

 現在のプレイ時間は、switch本体の表記で300時間以上。ネタバレ防止にほぼ情報を断っていたため、相場は分かりません。今はただ、まだまだ遊べるのが楽しみでしかたないです。

 

 今回は青獅子をクリアした記念に、これまでのメモや感想などを記録する目的で本ブログを書きたいだけ書きました。当然ながら、青獅子編や支援会話のネタバレを多分に含む内容となります。また、全ルートをプレイしていないため、おそらく真相と食い違う推察も散見されますので、予めご了承ください。

 ブログ全体の流れは以下の通り。

 

   ①ルートを終えての各キャラクターに対するざっくりとした所感

    (※青学級のメンバーに留まらない)

   ②音楽について

 

 それでは、「よすが」を辿り、始めます。

 先生とディミトリのところを書いて力尽きたのが丸わかりの文章構成となっていますが、他の項も書きたいことは書きました。宜しくお願いします。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

①キャラクターについて

 

 

  1周目は男性主人公でプレイしました。

  「主人公」と記載してもいい箇所を「ベレト」としているのはこれにちなみます。

  ただし、引き継ぎ要素の駆使で、既にベレスの対男性キャラクター支援会話Sも開放してあるため、以降はベレスについても言及があります。

  2周目はベレス-黒鷲ルートでした。

 

  ~ ベレトの人間性について 感情表現と年齢の面から ~

  主人公は、傭兵時代に相手から「灰色の悪魔」と呼ばれたこともあり、序盤は感情に乏しい面が散見されます(プロローグの盗賊から「無感情に剣を振るう」発言、沈黙「……」を返す選択肢が度々出現する、など)。セテスも言っていたことですが、父親はどんな育て方をしてきたのでしょう?

  ベレトの父が息子と同じく無感情に映る人物ならば、この子にしてこの親ありと言えますが、そうは思えません。アロイスに再会した際はウンザリとした態度を隠そうともせず、騎士団長(再)就任後は「面倒な仕事を押しつけられた」と愚痴をこぼしているような男の元で育ったのなら、その息子もそれなりに人間の情緒を獲得するはずです。

  とはいえ、沈黙が多く、表情のあまり変わらないベレトも、言葉にしない()の部分で本音やボヤキをこぼしており、選択によっては本編で一切口のきけなかった『覚醒』の主人公ルフレとは異なるようです。

  生徒たちや教師陣、大修道院の人々と接するうちに、だんだんと至情をあらわにしていく過程が本編を通じて描かれ、その表現は3Dモデルの細かな表情変化や仕草による緻密なものとなっていました。

  中でも、ベレトに限らず「まつげをあまり省かずに描いている点」は印象的です。キャラデザの方やアニメーション制作に携わった方々の意図したものかどうかはわかりませんが、この描き方により、ベレト含めたキャラクターたちの眼が、ひいてはその表情がこちらの目を惹きました。まばたきの一瞬さえ、思わず進行の手を止めてしまうほどです。これまでわたしは、女性キャラクターや特別なにかしらデザイン上の設定を持っている人物がまつげを描かれているものだと思ってきましたが、この作品では男女の別なくまつげが描かれています。

  感情表現が盛んでないところからスタートしたベレトにとって、このように人間性を表すしかけは「ベレト」というひとりの人間について考える際、非常に重要なものでした。まつげのせいか、無視できない魅力のようなものを持つその眼がふっと笑みを象って細められる瞬間。じっと瞑目するとき。驚きもあらわに瞠目するとき。敵に対して毅然としたまなざしを向けるとき。困惑にまぶたを歪めるとき。そして、深い悲しみに涙を降らせるとき。台詞がなかったり「……」のみだったとしても、彼の眼には、表情には、その内にある人間らしい感情が滲んでいます。これらの描写で、ベレトがある種「人間になっていく」といえる過程を追ってきたプレイヤーたる自分には、とても、喜ばしく映りました。

 

  それだけに、青獅子編でベレトの至った「大司教就任」という結末は皮肉に思えてなりません。なぜなら、神祖の力を継承したことによって、仲間たちとの日々の中で得た人間性を、最終的に、公では抑えることを余儀なくされてしまうかもしれないように感じたからです。

  もちろんベレトは戦いの果てに、かけがえのない絆とそれに育まれた至情を手に入れました。プライベートや仲間内で、感情の乏しさを露呈させることはどんどん減っていくでしょう。しかし、公の身分は女神ソティスへの信仰を取りまとめ、戦乱で荒れたフォドラの復興を担うガルグ=マク大司教です。仲間たちがそれぞれの未来を歩み始め、簡単には仲間全員で集まれなくなるであろう点も、彼の人間性が抑えられる理由として考えられそうですが、それ以外にも理由はあるのではないでしょうか。

  前任者レアが一体どのような役割を持っていたか、わたしのプレイした時点では、未だ本人の言と断片的な情報しか認識できていませんが、その身をフォドラの安寧と人々のために少なくない時間を捧げることになることは確かです。このことは、支援会話Sでも主人公を大司教の座から離す展開が今のところ見受けられない点からも、EDのベレトに関する記述からも推察できます。

  緑髪ベレトの特別職は、ニルヴァーナサンスクリットにおける「輪廻からの解脱」を意味する言葉と同じ名を冠しています。まさに冠していると言うにふさわしい、二つとない職であり、衣装デザインも金の飾りや法衣をモチーフにしたような構造をしています。5年後の戦闘で敵を撃破した際にベレトが言う「皆を導かなくては」という言葉には、学級の生徒たちはもちろん、より広義的に、フォドラの人々までもが「皆」の範疇に含まれているのではないでしょうか。「皆」を、平穏に、導く。それはおそらく、大司教就任以降もベレトの使命として彼の胸に刻まれているように思います。

  ベレトは、いわば聖人セイロスの後継のようなものなのでしょう。そして、知る人は知る(知る人ぞ知るでないのは、ベレトに関わった人間が少なくない点、またそうした人々が後世にもベレトのことを語り継いだ可能性が否定できないため。または、後述するが、ベレトの一生が人並みの長さでない可能性も十分あるため)フォドラ平定・王国再建の立役者です。英雄として、また職務の関係上、否応なく人々の畏敬を集めることになるのは想像に難くありません。学級の生徒たちの命を背負っていたその肩に、今度はフォドラという大地に生きる(全てとは言い切れずとも)数え切れないほど多くの人間の生命を乗せることとなります。甚大な数の人々から心を寄せられるのは、重く、ときに己の感情を除外したまま生きることになりかねません。

 

  それからもう一点。ベレトが緑髪であることで、なぜ彼が人々に長く身を捧げ、その人間性を抑制させなければならなくなるかもしれないのか、補足をします。

  緑髪ベレトと同系色の髪を持つセテスフレンレア(+エーデルガルト?/なぜか5年後の彼女は薄い緑色の髪をしているように見えました。学級選択前、彼女は含みを持たせながら、主人公を「なんとなく、馬が合いそう」と評しており、現在はベレトとの何かしらの繋がりを疑っています)、 そして天刻発動の初回から「今、お前何か……」と違和感を察知しており、おそらくベレト誕生にまつわる真相を知っているジェラルトからは、「人間にとって通常の長さで生を送ってこなかった節のある言動」が窺えます。人間の一般的な寿命の範囲で生きていたならば身につきにくいであろう達観した視点を、ベレトより幼そうな見た目のフレンが持っており、さらに他の3人も、単に大人であるというだけではなく永い時間を生きてきた実感とともにベレトと接しています。

 

  わかりやすい例を一部挙げると、

  ・セテス

   →ベレスとの支援会話Sで「永い」時間(千年、万年)を共に過ごすと誓っています。大袈裟な物言いというよりは、真実それに匹敵する年月を生きられる前提でものを言っている節があります。

   →「聖キッホル」本人であるとの示唆…セテスのみならずフレン、ジェラルト、ベレトにも言えることですが、年が経過しても外見が全く変化しないことが示されています。精神が本人であっても、身体まで本人なのかまでは不明です。現時点では、年をとる速度が人間よりもはるかに遅いと推測しています。

  ・フレン

   →年齢を明確に答えていません。

    その幼げな身体で「ずっとずっと昔の話」をしています。

   →「聖セスリーン」本人であるとの示唆…セテスの欄と同様です。

  (→完全にこじつけ/ベレト教師就任の際、ぽっと出の若者に生徒を預ける不信感から、セテスがひと説教「教師としての自覚を持って…」とやりそうなところに、用もなく「兄」を呼んだ点…なぜ呼んだかの理由には触れないまま、セテスの説教を回避しつつ、ベレトとの対面を果たしました。こうした所謂「空気を読んでの登場」を、彼女の外見に相当する年齢の少女が違和感なく行うことは容易ではないように思います)

  ・ジェラルト

   →アロイス曰く、「20年前から全く外見が変わっていない」。

   →墓に刻まれるはずの生年が空白となっています。

 

  ※レアとエーデルガルトについては、まだ含みがある言動の意図を把握できていないため、ここには挙げられませんでした。少なくとも、ベレトに対するなんらかの特別な認識を物語当初から抱いていたことは明らかです。

 

  ジェラルトの墓に刻まれた生年やベレト母とされる人物の没年から、ベレトの年齢を21歳とすることができなくはないのですが、ベレトには一般的な人生の長さを送ってこなかった可能性があるため、確定しません。

  というのも、セテスが、ベレトに対し「我々は身内のようなものだ」と発言しているからです。これにより、セテスだけでなくベレトも永い時間を生きてきた可能性が出てきます。加えて、ベレトはエピローグの記述で、他の仲間たちとは異なり、生死を語られていません。ベレトが永い人生の時間を、その肩に背負った世界に捧げることは十分に想像可能です。

  これらの示唆が、親と緑髪の人物から与えられている点は無視できません。今後の展開でベレトの正体がどう明かされていくのか、非常に楽しみです。

 

 

  ~ デフォルト衣装について ~

  最初は服の構造がよくわからず、何度もカメラをぐりぐり回しては首を捻りました。どうやら、上着は羽織るだけ+その上着の袖は真ん中が裂けており、鎧をまとった両腕が覗くということらしいです。このデザインの意図も、彼の正体やストーリーの進行に関連しているのでしょうか。設定集があるのなら、読んでみたいです。

  ベレトの腕は鎧で隙間なく覆われていますが、ベレスはちらりと素肌の見える部分がちょくちょくあります。また、彼女はホットパンツと見紛う丈の短いパンツに、ややセクシーなレースタイツを合わせているなど、露出自体はそこまで多くないものの端的に言ってけしからん素敵な恰好をしています。

  先日DLC配信で各キャラの散策・戦闘時コスチュームが変更可能になりましたが、ベレトにしろベレスにしろ最初のデザインが素晴らしく、なかなか主人公の服装を変更する気になれないのが正直なところです。

(従者の服など、お楽しみ要素的な衣装のほかにも、夏服や軽装など、普段着ているはずなのに見られなかった衣装もお披露目の機会があって安堵しました)

 

 

  ~ 戦闘、その他雑事 ~

  1周目はソードマスターの途中でニルヴァーナを習得し、最後までそのままでした。エピタフ・フェリクスのモーションがかっこよかったのでベレトにもやってほしかったのですが、理学の技能教育が間に合いませんでした。原因は、支援度を上げるためにひたすら大半の時間を食事に充てていたためですニルヴァーナのままでもいいやと思った)

  第二部後半は仲間の技能上げも支援会話回収もひと段落し、時間が余って仕方なかったので、「支援Aの時に特定の組で食事すると見られる会話」の発生条件を自分なりに探っていました。

 

  ちなみに、英雄の遺産の入手直後は武器の修復ができないので、ベレトに限らず、遺産の使用はかなりケチっていた記憶があります。出し惜しみなく使ったのは、最後のVS「覇骸」戦のみでした。(死神騎士はベレトの遺産で、覇骸はディミトリの遺産で撃破し、非常に胸が熱くなりました)

 

  わたしにとって初めてのFE作品である『覚醒』では、ルフレばかりが育ってしまい、メンバー上限で毎回必ず戦闘に参加できないキャラは特に、低レベルのまま置物状態でクリアという酷い格差を生みました。クロムやルキナがその中に入っていたのは、今思っても酷いなと思います。

  この苦い経験を踏まえ、今作ではなるべくパーティー皆が均等な強さを持つよう努めました。途中で副官になることが増えたフレンがレギュラーのレベルマイナス10という状況を生んでしまったものの、他は大丈夫でした。次周からはより平等に割り振れるよう工夫したいです。

  以上、まことにどうでもいい話となりましたが、こうして育成のペースや方法を自分で工夫しながら戦うのがFEの醍醐味なのだと実感しています。

 

 

 

 ・ディトリ

   この作品を薦められる前から、容姿の整った「作品の顔になるキャラ」として認識していました。それから、特別好きになることはないだろうとも。今思えば、前者はともかく後者はまったくもって浅慮の極みでした。

  シドの『レイン』という曲は、ディミトリやエーデルガルトの心情と符合する歌詞が多く、5年後のイベントが進むたびに聞いていました。このゲームは、雨天に登場人物の涙を呼応させるシーンが多く、空が泣いているとき誰かもまた涙を流しているという演出が、よりいっそうこの曲との親和性を高めている気がしてなりません。ディミトリ好きな方に紹介したい一曲です。

 

 

  ~ と人間 ~

  ディミトリというひとりの「人間」が結末に辿り着くには、ドゥドゥ―のようにどんな時も味方でいる存在だけでも、フェリクスのようにいかなる場面でも歩む道の末を(そばというには少し離れた位置から)見定める存在だけでも、駄目だったでしょう。5年後に青獅子の全員が再び揃い、互いのそばを離れず戦い抜いたからこその結末だと思います。たとえディミトリが、『ニーアレプリカント』のマモノ絶対殺すマン青年ニーアのように、「帝国軍絶対殺すマン」になり果てていたとしても、その様を同じ陣営から見てきた仲間たちだからこそ、ディミトリの謝罪にも毅然とした態度で臨んだのだと信じています。

 

  それから、人殺しの化け物・獣になり果て、「この5年何をしていた」との問いに「死んでいたようなものだ」と答えるようなモノが、その年月の間に「人の上に立ち、より多くの民を導く」ハイロードとなっているのは、酷い皮肉です。彼から「カリスマ」スキルが失われていないことも含め、彼の有り様や信じていたはずのもの自体が彼を苦しめ、裏切り、逆立てているように映りました。だからといって、被害者の顔をしていられるほど彼も無実ではない。もちろん彼に限った話ではありませんが、散々人を殺めてきた事実は消えません。それは、ディミトリが王国軍に対する復讐の刃をその身で受け止めようとしていたことからも、彼自身、自分が作り上げてきた道の罪深さを理解しています。

  ゆえに、「死者に応える術は自分が王となり、国を治めることだ」とディミトリが決意を固め、その心をひとりの内にしまっておくのではなく、他者に自分の言葉で伝えたシーンの意味は重いです。少なくとも、ギュスタヴに言った「なぜあの時、家族と一緒に死なせてくれなかった」というところから、少しずつ前を向いて歩き出していることが窺えるからです。死ぬことは責任を取ることにならない。ならば生者にできることは何かを意識する。言うほど簡単でないこのことを表明できたことも、その相手がいたことも、それはいつかきっと、ディミトリの誇りになるのだと思います。

  死者に、過去に引きずられそうだというのなら呑み込めとは、フェリクスの言です。それを踏まえ、ディミトリが仲間たちの前で「過去を呑み込む」と言った瞬間、仲間の言葉を聞き入れ、さらに自分の言葉へと刻み込んだことへの感慨が溢れてきました。また、殿下にそれぞれの言葉で意志を伝える仲間がいたことを、心から喜びました。そうして「人間」の王が誕生したことは、純粋に、よかったと思ったのです。

 

 

  ~ 死者を忘れる恐怖 ~

  ブログ執筆にあたり、エクストラを参照しています。クリアしてからたいして時間は経っていないはずなのに、少しずつ、好きなセリフや場面さえ忘れていくからです。こうして、愛したものや親しんだものの記憶が日に日に失われていくのを実感すると、足元が崩れ落ちていくような思いさえしました。

  ときに忘れることが、悲しみを癒す手段になることもあります。それが今も人間に必要とされている機能だからこそ、人はよく忘れ、同じ分だけ新たになにかを記憶するループの中に生きているのでしょう。煩わしく、疎ましく、それでいて時々は何よりも早く自分を救ってくれるものなのかもしれません。

 

  ディミトリが死者たちの声を聞き、夢現の別なく語りかけているのは、彼らを忘れてしまうことが怖かったからに他なりません。怖いのは、自分がそれを忘れているとわかってしまった瞬間なのだと思います。自分にもそうした、忘れたくないことを忘れていく経験があることを思い出しました。

  私事ですが、わたしは曽祖父を亡くしてから今年で4年が経ちました。大変良くしてもらったその人の命日からずっと、何もできないまま今に至ります。したことといえば、全てが終わった後に線香をあげたくらいです。UVERworldの曲『モノクローム ~気付けなかったdevotion~』や『forget』を聴きながら、なぜ自分という人間の記憶はこんなに情けないのだろうと打ちひしがれ、それでも、周囲も自分も平常通りにまわっていました。日々の歩みを止めてしまいたいくらいの悲しみが燻っているのに、足は止まりません。あまりに大きな衝撃は人を動けなくさせるものだと思っていましたが、精神と身体がやや剥離したまま、身体だけが変わらず動き、日々を送ることもあるのだと知りました。人の足はそう簡単に止まってくれないのかもしれません。

  そういう意味では、自分にも人間として重なる部分があるのだろうかと勝手に思っています。雨の中で「どうすれば、俺は死者に応えてやれる?」と顔を空に向けてこぼすディミトリに、その思いはさらに強くなっていきました。彼ではない他人の身で、「わかる」「自分と同じだ」と言うことがどれほどおこがましいか、それだけはなんとなく感じ取れた程度に今はとどまっています。

 

 

  ~ 支援 仲間から強さを ~

  支援会話では、未来の王を支える心強い仲間の姿と、その信頼や熱意に戸惑いながらも少しずつ思いを受け止めていくディミトリの姿が描かれていました。

  中でも、フェリクスのディミトリに対する接し方が新鮮でした。一見すると互いの距離は離れているように思えても、相手と過ごした時間の積み重ねが言葉を形成しています。殿下の欠点を指摘した口で、「己も近しい死者のことを考えなかった日はない」と静かに語るフェリクスは、間違いなく王が誕生するためになくてはならない存在だったのだと思います。王としての覚悟を問い、試すだけでなく同じ人間としての共感をもって王の道を支えるのは、おそらくフェリクスにしかできない役割だったのではないでしょうか。

  似たようで異なるのは、イングリットやシルヴァン、メルセデスです。なんとなく、ディミトリ級長が最初にクラスメイトの紹介をひとりひとりしてくれるときの台詞は、士官学校時代だけでなく、5年後の仲間たちの姿をもフォローしているような気がしてなりません。

  たとえば、並みの者よりよほど立派な騎士らしいと評されたイングリットは、戦争に従事する覚悟を強く持ち続けることで陣営を支えています。貴族や騎士に懐疑的な立場の者もいなくはない中で、彼女は王国流の騎士道を貫く存在として鮮烈な印象を受けました。頼れる兄貴分というシルヴァンは、皆が喜びに沸いたり意気揚々と励む中で、ひとり冷静に、けれどもあくまで笑いは絶やさず、最後まで陣営を支えました。強さと優しさ、細やかな気遣いをみせるというメルセデスは、5年が経過してなお優しさは崩さず、同時に彼女なりの「戦争に参じる者」としての自覚を言動で示しています。

 

  仲間たちは、それぞれの受け止め方で戦争や殿下の行いを、そして自分の行いを捉えています。それがディミトリにとってどれほど優しいものだったかは、計り知れません。殿下として、級長として皆を先導する彼には、パーティーメンバーから少なからず期待と厳しい視線が、終始向けられていました。それが時を経ても変わらなかったことに、素直な喜びと安堵が湧いてきたことを覚えています。

 

 

  ~ 主人公とのやりとり ~

  ディミトリの中で、仲間たちと同等かそれ以上に大きかったのはやはり主人公の存在です。支援会話やイベントでのやりとりは、彼らの強い繋がりを感じさせ、胸に迫るものがあります。中でも特に印象深い場面は、①5年後の再会ムービー②手を差し伸べるシーン、そして③覇骸戦後のラストムービーでした。

 

 ①5年後の再会ムービー天上から差し込む光の中に立つ主人公と陰の中に座り込むディミトリの構図が、まるで双方の距離感や断絶、溝を表しているようで苦しかったです。

 天井でなく天上としたのは、主人公が「選ばれしもの」とされている表現をこのシーンから見てとったためです。後に大司教として選ばれ、セイロス教の信仰を背負うこととなる主人公の未来を示唆し、同時に炎の紋章と女神をその身に宿す遺産の使い手であるという、どこか常人の域を逸した面を表しているように思いました。

 対するディミトリは、未来を見るための片目を失い(魔法でも治せないのか治そうとしなかったのか)、沈んだ影の色と同じ黒い眼帯をつけています。亡霊と現の区別がつかないほどに混濁とした意識に苛まれているのも、視界が完全ではないというところで示唆されているように見えました。

 ちなみにこの眼帯、赤ルートではつけていません。おそらくは「一度は多少なりとも信頼を寄せた相手の喪失」をディミトリが経験する青ルートだからこそ、無茶な戦い方をやめない獣の証として、青ルートでのみ装着するというようにデザインされているものと推測しています。

 

 ②手を差し伸べるシーン…雨の中、まるで泣いているかのように頬から水が滴るディミトリへと、主人公が手を差し伸べたときの、呆然としたディミトリの表情が忘れられません。5年後に大聖堂での再会時にはわからなかった温もりが、確かに彼へと伝えられる瞬間でもありました。①の近そうで遠い距離が縮まり、手の届くところに互いが存在している状態へと至った証です。

 それは、亡霊たちが名を呼び、手を伸ばしてくる(と彼が認知している)のに任せるのではなく、ディミトリが自分から他者へ手を伸ばすきっかけになりました。彼が自意識を確立してから他者に手を伸ばす機会は少なくなかったはずですが、王国が荒廃して以降はそういうことのできる相手がいなかったように思います。ははと呼んでいた人の寂しげな様子に手を引っ込め、代わりと言わんばかりに戦場で槍を持つ手を突き出し他者を害する。しかしてディミトリが山の如く積み重ねてきた業を、主人公の手は禊ぐことも祓うこともできません。父親と慕った者ひとり守れない無力な手です。それでも、主人公の差し伸べた手に触れようと腕を上げたのは、惹かれるように手を伸ばしたのは紛れもなくディミトリの意思であったのだと思います。仲間など利用し尽くしてやると吐き捨てながらも戦闘開始時には「従おう」と告げていたのが、僅かであっても確かに主人公への信頼の証であったように、手を伸ばそうと思ったなにかしらのきっかけがディミトリの中に芽生えていたのでしょう。

 『フレスベルグの少女』の歌詞にもあるように、「夜」(獣としての己、死者に囲まれる己の象徴)の淵から少しずつ「夜明け」(人間になっていくことの象徴)を迎えることになるディミトリの手を、主人公はとりました。歌詞中の「夜明け」とは、ディミトリであり、そしておそらくフレスベルグの少女であり、また主人公自身でもあるのではないかと思っています。

 

 ③覇骸戦後のラストムービー…エルのほうを振り返ろうとするディミトリの手をとった主人公の表情は、悲しげでした。次期王は、死者を忘れることに恐怖するほど脆く優しい人間ゆえによく後ろを振り向くのだと、主人公は知っています。その優しさが強い信念を生むことも、きっとわかっているでしょう。気持ちはわかるが進むべきはそちらではないという視線に思えますが、互いの積み重ねてきた時間分の重みが彼らから言葉を取り去ったとしたならば、本当のところは何通りの意図があってもおかしくありません。あるいは、そのすべてが正解かもしれないとすら考えられます。

 ここで、肩を掴んだり腕を引いたりすることも考えられるはずなのに、あえて手をとるという行為になったのは、②のディミトリが手を伸ばしたシーンから時間の進んだ「未来」を描くためと考えられます。②は左手を差し出し、③では右手でディミトリの指を掴んでいました。主人公は、その両手をもってディミトリを人間の王へと導く役の一端を担ったといえます。

(エーデルガルトについては、赤ルートをクリアしないことには全貌が見えないと思うので詳述しません。「未来を切り拓くための短剣」を返すときの彼女が浮かべた表情には、あの少しうつろな笑みにはどのような意味があるのか、赤ルートの後にまた考えてみたいです)

 

 

  ~ デザインについて マスターロード ~

  5年後のディミトリがまとっている鎧や服装を見て驚いた点がひとつあります。それは、ハイロードで黒基調のff4暗黒騎士セシル然としたデザインだったのが、マスターロードになると白と青が入り込み、黒の割合が減った点です。

  おそらくは、ハイロード=人間としては死んでいたと自嘲するディミトリの服は真っ黒な業で染まっている/マスターロード=王としての自覚(青)と他者への強い優しさ・人間になっていくことのあらわれ(白)+王としてだけでなく殺戮者としての自責と自覚も忘れない(裏地の黒)という意図なのでしょう。目にはっきり見える形でディミトリの成長や変化を認識できるのは嬉しかったです。

  温かそうな恰好なのは、単純に王国が北に位置しているゆえと思いますが、もしかしたらマスターロードの毛皮じみたマント=獣であった(あるいは現在もその側面を有している)証という意味合いも含まれているのかもしれません。

 

 

  ~ 戦闘、その他雑事 ~

  槍使いだが馬には乗らぬスタイルのまま学生時代を駆け抜け、彼はマスターロードになりました。ディミトリが戦闘に困ったことはほぼなく、5年後のデフォ装備騎士団が非常に強かったと記憶しています。「車掛(騎士特効)」と並び、周回で引き継ぐのを躊躇うレベルでした。遺産獲得はストーリー上重要なイベントですが、戦力的に蛇足に思えたのは単純に難易度ノーマルだったからなのかもしれません。

 

 

 

 ・ドゥドゥ―

  そっけない態度を不快に思ったことは一度もありません。彼が言葉少なで人を遠ざけようとするのも、殿下に仕え続けてきた結果、何度もドゥドゥ―が受けてきた扱いを考えれば十分に想像できることだからです。フォドラにおいてダスカ―人は何かあれば最初に疑われる存在であり、己の次に「そんな者を傍に置くなど…」と非難や疑いが向けられかねない主のため、ドゥドゥ―は徹底して口を閉ざしてきました。それをたとえ主が快く思わないとしても、自分に拘泥した結果ディミトリが貶められたり疑われたりするくらいならば己はそれに拘らぬというドゥドゥ―の心情(=信条)は青獅子編の各所で窺えます。とはいえ、ドゥドゥ―は、自らへの謂れなき非難に反論や弁解をしない理由を、「慣れた」と疲れた声色でこぼしていました。それ以上もそれ以下でもない、そのままの言葉なのでしょう。ここまで生きてきた彼へ向かって軽率にかわいそうなどと言う気はありません。

  仲間のみんなとおいしいごはんを食べ、温室の植物や各地の自然によって、彼の安らぎがもっと温かなものであればと、画面越しのわたしから願うのはそれだけです。

 

 

 

 ・フェリクス

  お茶会の「あっつ」発言、そしてアネットやフレン、その他女性キャラクターたちとの微笑ましい支援会話でフェリクスというキャラクターに対する愛着は増しましたが、それも今思えば意外なことではありませんでした。

  というのも、彼については疑問が今のところ皆無だからです。フェリクスの発言がどのような意図でなされたのかは本人が語っており、また彼の話し相手たる仲間たちが長年の付き合いから発言の意味を察し、その補足をしながら返事をする場合が多いように思います。彼の幼馴染3人(ディミトリ、イングリット、シルヴァン)はもちろん、それ以外の仲間もフェリクスの言葉や意見を聞きとめる描写がよく見られます。

  例外は対アネット。どこどこどーん。

  (よもやフェリクスから「どこどこどーん」という発音を聞くことになるとは思わなんだ)

 

  実直で厳格な視点を忘れないフェリクスは、初見プレイヤーたる自分にも仲間たちにとっても頼れる柱のような存在ですが、時々向けられる尊敬のまなざしを、まんざらでもない様子で受け止める彼の姿に和みました。

 

 

  ~ 残された者の責務 ~

  家族を失いながらも前に進むことをやめないフェリクスの生き様は、ディミトリたちだけでなく画面を隔てたわたしの中にも強く刻まれました。

  ディミトリのくだりにも書きましたが、過去は呑み込むしかないのだと彼は語ります。ストーリー開始前の段階で既に近しい存在の死を経験していながら、フェリクスは生者が死者を振り返り足を止めることは無意味だと言動で示してきました。「失った家族を思わない日はない、しかしそれは今の自分が歩みを止める理由にはならない」という主張です。

  そんな彼が、5年後の終盤(ロドリグ離脱後の散策)でどこに立っていたか。前節、「そこ」にはロドリグがいました。どうか殿下を頼みますと、普段の軽妙な態度でなく真摯な口調で主人公に告げたロドリグ。それを知ってか知らずか、次節のフェリクスは「そこ」(つまりは星のテラス)に立ち、どこか遠く前方を見ていました。この演出に、いたく心を動かされたのを覚えています。どちらかというと受動的なニュアンスを含む「受け継がれる」意思というよりは、「受け継ぐ」という確かな決心を感じさせるものでした。

 

 

  ~ 戦争後の兵士はどこへゆくのか ~ (BGM:思春期を殺した少年の翼)

  時々、フェリクスの問いかけに某エンドレスワルツ(ごひの)台詞を思うことがあります。戦争が終わったら、戦うことで生きてきた兵士たちはどうやって生きていけばいいのか。戦うことが生きがいであり、己の充足であった兵士や戦士は、どうやって平和を過ごせばいいのか。平和になったというのが戦争の終結を指すならば、それはあくまで「戦いがなくなったに過ぎない」ということもできるのかもしれません。つまり、戦争に勝つため力を磨き、敵を殺すことに技術を注いできた者が突然平和の中に放り込まれたら、どうなるか。(戦争終結が彼ら兵士の招いた結果だとしたら、そこに受身表現を使うことは些か抵抗がありますが、あえてそのままにします。当人たちは「いきなり平和の中へ投げ出された」と思っていてもおかしくないと思うためです)

   きっと、フェリクスの言うように退屈になるでしょう。戦いの機会が減り、腕が鈍るでしょう。いつしか剣の持ち方も忘れる日が来るやもしれません。フェリクスは、それを素直に喜べないと主人公にこぼしていました。彼の冷静な思考と状況認識は、平和を望ましいもの・最終目標に据えるにふさわしい良いものとしていながら、本心からそれに納得できないのです。

  そういった人々の落ち着く場所・生活を整えるのも王や国を担う者の責務だと王や大司教は言うのでしょう。かつて前線で自ら兵士となって戦っていた者の言葉を受けて、戦うことでしか生きられぬと思ってきた人々はどうなっていくのか、気になります。もしや、フェリクスが剣を子に教えたり、反対に全く武器とは無縁の暮らしを送っていたりする未来も存在しているのでしょうか。

 

 

  ~ 戦闘、その他雑事 ~

  「俺はソードマスターになる。魔法などいらん」と言った口で、あとからエピタフを志望してきたときにはどうしようかと思いましたが、よく考えれば剣の最上級職がエピタフのみなのでしかたなかったのだと思います。それから、エピタフのモーションがまんまNINJAで笑いました。敵撃破時の、印を胸の前にすっと下ろすモーションはフェリクスの硬派な雰囲気に合っていて非常にかっこよかったのですが、他のキャラはどうなるのか興味半分、合わなさそうだという懸念半分です。

   大紋章の継承者なためか、紋章発動率が他キャラよりも高いように思えます。効果が威力UPなので、倒しきれない相手を倒せるという意味では必殺よりも高頻度で発生し便利でした。大紋章を継ぐ嫡子にもかかわらず、帝国では家を出奔してまで帝国についてくれているので、責任重大。

 

 

 

 ・シルヴ

   軽佻浮薄で、女性の間を遊び歩いてはいつもへらへらと笑っている男。

  その態度は、明るくお気楽な奴であるということを彼自身が自称しているかのような振る舞いであるということにしばらくしてから気付きました。彼は気楽でも楽天家でも女好きでもないことが言動に表れていると感じたからです。

  彼は貴族社会の慣習、家族の思惑、自分の将来レール、それらを彼なりに理解していました。幼少から紋章持ちの嫡子として手をかけられ、士官学校の生徒として先生と対面する頃には、妬みに起因する兄の仕打ちを慣れた口ぶりで語り、感情的な見解を極力避けながら話す賢さをも身につけています。

  慣れた、諦めた、わかりきっていた、そう心が固まってきたところに現れたのが先生でした。「紋章持ち」のくせに「紋章持ちの義務やしきたりに縛られない」人間が突然何の前触れもなくやってきた。そのことがシルヴァンにとってどれほどの出来事だったのかは、支援Bの発言などで窺い知ることしかできません。本人の意図にかかわらず大袈裟な物言いが周囲の辟易を招く彼の「妬ましくて、憎らしくて」という言葉は、決して嘘でも誇張でもない、ただの単純な本心なのかもしれません。心の中にあるものを純化していって、最後に残った「本質」らしい言葉。支援Bでの、低く呻くような声でこぼされたあの言葉に、わたしは字面ほど恐ろしさを感じませんでした。(とはいえ、支援Aが存在しなかったり到達が遅れた場合は、本当に酷いことを先生にしていたかもしれないと思わせる真剣さはありました)

 

 

~ 支援 お兄ちゃん気取り(真)~

  タイトルに彼への悪意や侮蔑の意味合いは一切ないです。

  普段はひとから「お前はしょうがない奴だ」とため息をつかれる印象だったシルヴァンも、支援会話では(対象キャラクターの掘り下げを行うことが支援の主旨と思われるので)相手のツッコミにまわることが多く、当初は驚きました。ディミトリとの支援はその最たる例であり、冗談の通じない相手にうっかりいつもの調子で言ってしまった軽口を、疑いなく受け取られてしまい、子どものように反論してくる殿下()を、付き合いの長さで培われた態度で言い返す。もはやコントです。

  また、支援会話の相手を問わず、よく「(シルヴァンのことを)誤解していた」と言われることも多く、その言葉をシルヴァンは笑って受け取ります。そう思われるであろうことを予想している、慣れている(身に覚えがある)のかもしれません。

 

  アッシュやドゥドゥ―の支援会話でも出てくるように、シルヴァンは「自分は人間として当然のことをしているだけだ」と笑います。EDの後日談文で彼についた称号は「至情の騎士」。彼を称える上で最も端的かつ情熱的な言葉だと思います。このフレーズを目にした時、恥ずかしながら「至情」の意味をよくわかっておらず、調べてみて深く納得しました。

  至情に従って行動することの難しさ、貴族社会にどう映る行為なのか、自分にどこまでのことができるのか。シルヴァンはそれらの、いわば至情の弱さもまた彼なりに理解していたように思います。その現実的な思考が、それでもあえて至情を叩き出す。その思考プロセスに興味が尽きません。

  そんなシルヴァンだからこそ、マリアンヌに「笑顔」のススメをそっと明るく促し、まともに顔を合わせて話すことができなさそうと踏んでベルナデッタ先生にファンレターを書く(事実、手紙を読んだベルナデッタは書かれている褒め言葉を素直に受け入れている)など、相手のことを打算でも憂さ晴らしでもない理由で、優しく素直に気遣う一面もあるのかもしれません。

  女性キャラクターを例示しましたが、男性キャラクターとの支援会話でもシルヴァンの頼もしさや優しさ、それから弱さを見ることができます。フォドラの民による偏見で表に出さずとも傷ついてきたドゥドゥ―に至情のまま接し、さらにドゥドゥ―の得意な料理を教わることでコミュニケーションをとる。フェリクスや先生の支援Aでは、体を張って相手を庇い、普段言動の割に慎重なシルヴァンらしからぬ行動をしては、心配して駆けつけたフェリクスや先生にふざけて笑いかけるのです。

  ただ、そんなシルヴァンが人前で涙を見せたメルセデスとの支援会話は、数あるイベントの中でも特別な位置づけになるのだと思います。先生が5年後に生きて帰ってきて最初の散策会話で、シルヴァンが「何度心が折れそうになったか」と誇張でなく弱みをこぼしている場面も、先生に対する信頼の念が窺えますが、感情が抑えきれない状態ではありませんでした。嬉しいだけの、幸せだけが強調される会話ではないからこそ、メルセデスもシルヴァンも、相手の事情を今すぐ和らげられるわけではない上で交わされた「理解」を尊いものだと思えます。

 

 

~ 戦闘 もうパラディンでいいじゃん ~

  標記のとおりです。最上級職と最初に聞いた時は、終盤は仲間たちのほとんどがこれのランクMaxに到達するのだろうと思っていましたがとんだ勘違いでした。シルヴァンはどの周でもグレートナイトや飛行系職につくことなく、マスターしてそれっきりのパラディンで終わります。さっさと支援Aで引き継いで主戦力にしているにもかかわらずです。ただ、ゲーム初心者の身で文句を言ってもROMれで終わる話ではあります。

 

  もちろん、このゲームが永く人を引き付ける要素としてカスタマイズの幅広さが挙げられるはずであり、戦闘職の自由選択がある程度可能な点は非常に素晴らしいです。生徒の個性だけでなく、プレイヤーの趣味性癖も反映させられるので何周しても飽きません。

  その上で言います。最上級職の選択肢が限定的かつ上位互換ともいえないため、上級職に留まる者が後を絶ちません。特に剣の使い手。次点:槍使い。

  剣使い(ソードマスター)の最終就職先がエピタフというのはどうなんだろう。もちろん他の職業につきながら剣を使う道もなくはありません。ただ、ソードマスターは剣術以外のスキルを必要としておらず、いきなり理学技能Aを要求されます。理学に才能開花があるフェリクスや多彩な得意分野を持つイグナーツ、その他剣術と理学に苦手意識のない生徒などはまだしも、それ以外は大抵、上級職マスター時点のパラメータが下がり、上位互換にはやや物足りない性能(ないものねだり)と思ってしまいます。(理学が必要なことは初めからわかるんだから文句を言うポイントがずれている)

  槍使いは飛行が厳しくなければまだなんとかなります。それ以外は無理に冒険せず、上級職に留めておいたほうが使い勝手の良い兵のままいてくれます。ここのあたりは、今後もさらに色々試してみたいです。

  (最近はエーデルちゃんが踊り子になり、中途半端な速さと上がらない耐久で敵の攻撃を回避できず、しかも大目にダメージを貰ってくるという不器用なユニットが出来上がってしまいました。不覚です)

 

 

 

 

 

 ここまで、さして多い文字数でもないですが、編集時に重くなってしまうため、いったんここらへんで区切ります。②のほうは前置きなしで続く予定です。

 

ここまでお読みくださった方は、本当に、本当にありがとうございました。

 

 

 

『バスタフェロウズ』感想 〜スケアクロウ〜



 Switchで『バスタフェロウズ』を始めた。

 最初は体験版をやってみるだけのつもりだったが、気がついたらフルで一本購入していた。後悔はしていない。

 洋ドラの雰囲気を漂わせるこの作品は、音楽やセリフの入れ方、テンポ、画面全体の色バランスなど、工夫の凝らされた点が多く、プレイが単純に楽しい。飽きずに進められるが、いつのまにか時間を忘れて熱中してしまうことは難点。


 今回はスケアクロウルートを終えたので、その感想を書き残しておく。ルート終了後の勢いでバーっとメモのように書いたものなので、読みにくいかもしれない。でもやはり後悔はなく、晴れ晴れとした気分でいる。

 基本的には、箇条書き。




スケアクロウ ルート 感想〜



・素直に選択肢を選んでいったらクロちゃんのルートにきた。分岐確定タイミングが猫の名前決定より前にわからなかったので、「ジンジャー」の呼びかけで猫が返事した時はびっくりした。



・クロちゃんの不在時は彼の椅子で丸まって眠るという猫に、猫を飼っている身として親近感を覚えた。そう、猫は人間の普段いる場所に自分の匂いをつけておくのだ。しかも人間のいない時に。そしてきっと、何食わぬ顔でクロちゃんの帰宅と同時に椅子を降り、そこに座るクロちゃんのズボンには猫の毛がつくのだろう。その光景を見たテウタがくすくすと笑うところまで想像して、無事に可愛さと微笑ましさでわたしは霊体化した。



・クロちゃんの家で猫を飼うとなった時に、「無理無理無理無理」と断固拒否するクロちゃんと「お願いお願いお願いお願い」を「無理」と同じ数だけ頼み込むテウタの光景がコミカルかつ家族のように気安い、なんてことないやりとりに思えて嬉しかった。

 かと思えば、sideBのピクニックでぬかるみから脱出するシーンでは、テウタの(もっとアクセル踏めと)「言った言った言った言った」VSクロちゃんの「言ってない言ってない言ってない」バトルにおいて、テウタが1回分、回数で勝っている。きっとこれは、お互い対等ではあるけれど肝心なところはテウタに敵わないクロちゃんの描写。こうやって、本編を読んできたことが無駄でないと思えるような仕掛けをいくつも施していると分かってさらに感じ入った。



・序盤から、「ただいま」「おかえり」など家族のやりとりを新鮮に感じるクロちゃんと、その家族として笑顔で言葉を交わすテウタのやりとりは心が温まる。

テウタは友達と家族を一番大事にしてきたからこそ、そうしたやりとりの中にはまっすぐで深い愛情や親しみがより込められているのかも。

 他の仲間達だって、テウタが来る前も挨拶していたし、「我が家」と程度の差はあれど帰属意識を持っていたことはわかる。優劣の話をしたいのではなく、テウタの挨拶や言葉に宿る親情がクロちゃんの家に入ってきたことで、仲間達が家族のようなやりとりをする機会が増えたのかもしれない。だからこそ、クロちゃんの心に残ったのだと思う。長すぎない本編中の分量に、そういう過程の描写を丁寧に織り込んであった。それが感じられて、素直に嬉しかった。



・クロちゃんは緊張や突然のハプニングにとても弱いけれど、素早い手際と優れた技術で皆を支えるお調子者。頭の回転が速く、優しい一面も持っている。

 その分、誰よりも早く(自分なりの)結論に到達して現状の打破を諦めることも。水中で踠くのをやめたシーン以外にも、早くから諦めをつけるクロちゃんの性質は随所に表れている。たとえば、ヴァレリーお姉様には逆らえないと即理解して従っていたところ。たとえば、事件がひと段落ついてクロちゃんとテウタの間柄が深まりつつあるsideBでも、カイルさんが時間通りに来ないとなったら「大丈夫だから」と父との時間を諦めるところ。

 テウタはそんなクロちゃんのことを、懸命に信じ抜いた。恐怖や疑問が消えなくても、自分にも言い聞かせるように「絶対」クロちゃんのことを信じようとしている姿は、クロちゃんにはどう映ったのだろう。それは彼にしかわからないことだけど、テウタやリンボを倣って「分かろうとする」なら、きっとクロちゃんはクロちゃんで怖かったと思う。不確かな自分に対する恐怖や不安。クロちゃんの知らないスケアクロウを目の当たりにしても、そばを離れずに信じてくれるテウタの分かろうとする姿勢への疑い。そういったものが腹の中で強く痛みを放つ。腹、つまり自分の真ん中がモヤモヤしているのを、聡明な彼は自覚できてしまうからまた苦しい。多くは語られていないから、これは全てわたしの想像でしかないけれど、テウタはクロちゃんの感じているもの、抱えていたものを少しずつ分かっていったがゆえに最後まで辿り着いたのだと思う。



・本編中に何度もヘタレまくるので、全キャラ中最も多くボイスが聞き取りにくい箇所を有しているのではないかと勝手に思っている。演者さんが云々というわけではなく、クロちゃんがしどろもどろしやすい人なのでしょんない。そういう肝心なところでもヘタレな部分が、本編で味わう悲しさや辛い気持ちをほどよく緩和し、さらにクロちゃんのことが好きになるきっかけにもなった。音量を少し上げて、もごもごしてるセリフを聞くのも彼の人となりに近付いている気がして楽しい。



・sideBのピクニックで、テウタのサンドイッチをクロちゃんが「世界一だ」と明るく笑うシーンは思わず嗚咽が漏れてしまった。この「世界一」の言い方が少し幼げで、普段の声よりもさらに子供らしい明るさとまっすぐな響きを持っていて、クロちゃんの嬉しさがたくさん伝わってくる。

 裏社会のボスみたいに、在宅のままでも世界を動かせるような気がしていたと語るクロちゃんから「世界一」という言葉が出てきたのも感慨深い。それがクロちゃんの中で最高の言葉なのだと思う。

 エクストラエピソード『世界一のチーズインハンバーグ』で、テウタが同じ「世界一」という言葉を返すのも可愛い。



・泣き崩れそうになったシーンその2:sideA終盤、電車の中で泣きながらカイルさんにテウタのことを話す場面。

 この時点で既に手を尽くしたクロちゃんにとっては、作戦が成功して助かるかどうか不安な気持ちよりも、テウタへの想いがもう遥かに大きい。だから、父親の「きっとうまくいくよ」という励ましには「違うんだ」と答えた。きっと彼女ならメールの意図を理解してくれると信じきっている。それはつまり、テウタがそれまでクロちゃんに向けてきた信頼へ、彼はこの大事な場面でまっすぐ応じ、返したということ。皆よりも早く諦めて逃げ道を探していたクロちゃんが、ここでテウタや自分を信じ抜く。死にたくない、怖くて仕方ないという気持ちを持ちながらも、諦めない。そのことが何よりも喜ばしかった。

 これまでクロちゃん自身の言葉ではハッキリ伝えてこなかった、テウタへの「大好き」という想いを、(彼の言った「明日目覚める理由」に擬えるなら)「生き残る理由」として腹に据える姿に胸を打たれた。そんな息子の想いに寄り添う(=テウタのように「分かろうとする」)父親の姿もまた、画面越しのこちらにまで優しい気持ちを思い起こさせた。それはきっと、誰かに、自分の大切な人に優しくしたい想いであり、家族や友達に向けるものと似ている。

 「テウタに、大好きだって、言いたい」のところは涙声なのに、「大好き」のところで息を取り直し、言葉が大事に読まれているのもまた素敵。



・まだはっきりと理解できていないのは、クロちゃんがテウタの首を絞めた理由。

 クロちゃんは、自分のせいで誰かが死ぬのも、自分が殺されるのも怖がっていた。ゆえに、人への干渉を断ってひとり膝を抱え、世界を閉じることもあり得たが、そうはならなかった。なぜだろう。わたしの解釈は、クロちゃんの中に次のような式が生まれたからなのではないかと思っている。


→「自分のせいで他人が死ぬことへの恐怖」+「死にたくない」=自分が死なせようとしている他者を排除し、その罪や重責から逃れようとした。また、過去に犯してきた身に余る罪の重さに耐えかね、それを自分の死と結びつけた。ここでクロちゃんの考える死とは、罪による圧死。


スケアクロウscarecrow)=かかし。こけおどし。

スケア(scare)=臆病な。

偽名を名乗り始めたのが6年前の一件以降だとしたら、クロちゃんの名前にその理由が込められているような気がしてならない。



・初めての「違う世界じゃない」クリスマスやニューイヤーイヴは、クロちゃんにとって言葉で言い尽くせないくらい素晴らしいものになっていたらいいなと思う。

 きっとテウタが色々なイベントごとの楽しみ方、今までの思い出、これからやってみたいことをたくさん、たくさん話すのだろう。溌剌と輝くテウタの可愛いその横顔を眺めながら、クロちゃんは穏やかに笑みをこぼしているかもしれない。あるいは、あまりの可愛さに余裕をなくして照れながら、幸せそうにはにかむ。それから、感情を言い尽くせないかもしれなくても、クロちゃんは彼なりの言葉でテウタに気持ちを伝える。現実感がないと笑う彼の言葉に、テウタは冷たく大きなその手を強く握って、また「本物ですよ」と笑い返すのだろう。そこまで考えて、わたしはsideA終盤のごとく大爆発した(例えが悪い)。可愛い。



・爆発案件その2:エクストラエピソード『世界一のチーズインハンバーグ』でハンバーグを焼いているときのやりとり。

 チーズインハンバーグ食べたかったの!と喜ぶテウタ。これは後から思えば、この時点でテウタはクロちゃんの作る料理とその準備にどれほど労力をかけたか知っているにもかかわらず、素直に声を弾ませていたあたり、テウタからクロちゃんへの親愛度合いがよく分かる。そこにいつものような照れやきょどりを出さず、穏やかに(……そうだろうと思ったからだよ)と笑むクロちゃんが非常にカッコよかった。テウタからもカッコいいと言われて、ますます微笑ましい限り。また、いつも言いかけては止めていた「可愛い」を最後はテウタ本人に伝えるクロちゃんもカッコいい。言葉や態度がというよりも、自分の気持ちを自分なりの言葉で一生懸命に伝えているさまを喜ばしく思う。


 ハンバーグを焼いているクロちゃんの近くに駆け寄ってくるテウタ。悪戯っぽく「手つきがプロっぽいですねえ」と見上げてくるテウタ。俯いたまま腕に抱きつき「スケアクロウは世界で一番カッコいいよ」と笑うテウタ。もはやゲシュタルト崩壊さえ喜ばしくなるほどの可愛さに、クロちゃんとこっちのライフはもうもちません。


 「俺はテウタと付き合ってるし、テウタは俺の彼女だし、手だって繋いだし、キスだってしたことはある。」と自分に言い聞かせるような口ぶりで事実言い聞かせてるクロちゃんもまたかわいらしい。なのに、その後すぐ「俺ばっかり」と他の仲間達と自分を比較し、しまいには「なぜテウタは俺のこと好きになってくれたんだろうなあ……」とまで思考を飛ばしてしまうので、思わず八の字眉になってしまった。

 クロちゃん本人も言っていたように、テウタとの日々に幸せを感じるほど、それから先は悲しいことばかりなのではないかと不安が増すということなのだろう。それでもテウタは、やはりそのたびに幸せのハードルをどんどん飛び越えていくだろうし、2人でそうしていけばいいとクロちゃんが笑える日が来ることを願う。

 テウタが可愛すぎて撃沈する単位を仮に1クロちゃんとしたら、多分このエピソードだけで優に50クロちゃんは飛んでる。どうにかなりそう。



・sideBの初運転や、『世界一のチーズインハンバーグ』での料理など、クロちゃんはテウタの隣で新しいことに挑戦しているシーンがだんだんと増えてくる。無理だと思っていたことも、テウタに手を引かれてやってみる。結果はどうあれ、あとに残るのは、自分でやってみた、挑戦してみたという記憶。きっとそれはクロちゃんの目指す「強さ」に橋をかけるはず、とわたしは信じる。





 ひとまず内容や感想を忘れないうちに書き殴ってしまったものだけど、残したいので残す。また他ルートを終えたら、その都度書いてみたい。


 お読みくださった方はありがとうございました。



マクロスクロスオーバーライブ 雑記

 

 こんにちは、花須寺です。

 

 6/1(土)・6/2(日)の2日間で開催された

 2019@幕張メッセ

 2日目のほうに行ってきたので、忘れないうちに遺言感想を残します。

 

 上の文字色は時系列順のキャライメージカラーをループさせています。

 マキナとミレーヌの色が一種しかなかったこと、そして『zero』はともかく『Ⅱ』の色を入れなかったことについては謝罪の言葉もありません。前者についてはともかく、後者は「~2019」までの字数で出演者のカラーループを2週目でぴったり収めるための措置です。

 

 到底一言で言い表せる内容ではないのですが、記事を全文読まずとも伝わるように一応言っておきます。

 

 「ヤックデカルチャー!!!!!!」

感想、もうこの一言でいいんじゃないかな。

 

 

 それでは、覚えている順に書き連ねていきます。

 以降は公開されているセトリを参照していますが、全曲に言及するのではなく、自分の印象深かった箇所のみを書いていくことにします。

 

リンク

6/1セトリ→https://aniuta.co.jp/contents/247247

6/2→https://aniuta.co.jp/contents/247250

 

 

↓ここから先、ライブの内容もそれ以外の話もありますので予めご了承ください。

続きを読む

「翔んで埼玉」雑記

こんにちは、花須寺です。こう書いて「かすてら」と読みます。

 

先日、映画を見てきました。

その名も「翔んで埼玉」

忘れないうちに、感想などをまとめておきます。毎度のことながら、丁寧語の文体で書こうとして失敗していますが気にせずどうぞ。

※ネタバレについては考慮せずに書くので、未視聴の方は自己責任での閲覧を宜しくお願いします。

 

続きを読む

「心のない世界」考察 ※2018秋会誌に寄稿

 

こんにちは、ポケモン初心者の花須寺です。

先日QRパでレートに潜ったところ、ピキーンだの文字外しだのはまだ納得できるのに検定不正解は納得いきませんでした。非常に勉強になりました。もっと回数をこなして深慮を欠かない立ち回りができるよう色々試してみたいです。

 

今回はサークルの会誌に寄稿させていただいたものを転載します。

上記のように構築記事が書けない身で会誌を書いてみたいと思い上がった結果、ストーリーやキャラクターの考察をすることにしました。(※当会誌を手に取ってくださった方にとっては既出内容です)

 

テーマは、アカギの目指した世界は本当に「心のない世界」なのか。

 

 

テーマ選択の経緯など

 自分にとって思い入れの深い作品の一つである第四世代(DPt)で記事を書くきっかけとなったのは、USUMのRR団イベントでした。DPtプレイ当初は、アカギが何を目指しているのか・どういう人物であるのかというところに目を向けることなくストーリーを終えていました。共感も不満もなかったのは不思議ですが、当時の自分が何を考えたのか残っていない以上、どうしようもありません。

 それから時間が経ち、USUMにてアカギが登場。他のボスたちと同様、自らの理想を叶えた瞬間にフェスサへと転送されてきた風体で彼は自分のいた世界を「心のない世界」にしてきたと言います。その話を聞いた時、改めて「心のない世界」が酷く曖昧な概念であることに気付かされました。なにしろ、どうすればその世界が完成したのか「確かめる」ことが難しいからです。仮にそうした世界が出来上がったとして、アカギはそれをどうやって確認するのか。

己から湧き上がる憎しみや怒りに対応しきれない部分のあったアカギに内省的な態度は見受けられず、自分の現状から目をそらしているようにもとれました(「いま わたしが かんじている いかり にくしみ いきどおり…… この みにくい かんじょうは ふかんぜんな こころの せいだ!」やぶれたせかいでの台詞より)。

したがって、彼は「心のない世界」を自分の状態によってではなく、周囲の人間やポケモンを見て確かめる可能性が出てきます。もう少し言えば、そうした手段によってしか確認できない程度のものなのかもしれません。

 

以上のような考えから生まれた考察になります。

なお、考察という堅苦しい名前に見合った体裁を保つため、文体が「だ・である」になっていますが、そんなものは書いているときの気分で決めるので 気にせずお進みください。

続きを読む

平ジェネFOREVER 雑記(※バレ注意)

 

 

※映画の内容・それぞれのテレビシリーズにおけるネタバレになるかどうかを考慮せずに書いたものになります。とっておきたい何かしらの楽しみをお持ちの方は、予めご了承ください。

 

 

 

 

 

 先日、映画を見てきました。公開日は2018年12月22日(土)。

その名も

『平成仮面ライダー20作記念

 仮面ライダー平成ジェネレーションズ

 FOREVER』

 

 

感想を述べる前に、これを見ることになった経緯のお話を。

 

 

続きを読む

お気に入りの17曲

 

 

こんにちは、花須寺です。

 

寒い日はもっぱら葛湯と源氏パイ、コーヒーでぼんやりと星見のお茶会を気取って外に出るのがお気に入り。

そして誰にともなくとんぼを撃ち、誰とも知らないままタスキを削って室内に戻るまでが趣味です。

雪の降らない土地の民はこうも軟弱だからいけない。ふとん万歳。

夏は熱中症、冬は風邪でダウンするのいい加減やめたい。

 

 

さて、某呟き処にてタグへのご反応を頂き、ありがとうございました。

今回はその声にお応えすべく、筆を執った次第。

標記通り、17についてそれぞれ書きたいことを書きたいだけ書きました。

色々言いたいことはありますが、まとめると「聞いてみてくださいな!」の一言に尽きます。

改行などの読みやすい仕掛けも、順番をつけた意味も、ほぼありません。

ただ、題字の色を工夫して考えるのは楽しかったのでごらんください。

なにかピンとくるものがあったら握手。

 

では、お時間のあるときにでもどうぞ。 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーキリトリセンーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

続きを読む